「正殿」は「大殿」とも呼ばれ、寺や廟において中心となる祭祀空間にあたります。關渡宮の正殿は、正面中央に主神を祀る「媽祖殿」、左の龍屏の方位にあたる「観音仏祖殿」、右の虎屏の方に位置する「文昌帝君殿」の三殿によって構成されています。とくに媽祖の「神龕」(神明を祀る場所)と彫像は大殿の中央に位置し、「神龕」の柱や「門楣」、「抑」、「斗」「拱」で造られた「雀替」、天上の「藻井」や「欄楯」(横方向の欄干)の木彫に至るまで、全ての造形が精緻かつ豪勢で、三川殿と同じように關渡宮を代表する木彫作品と言えます。一方で、観音仏祖殿と文昌帝君殿の木彫は主に「神龕」上に見られます。

  現在の關渡宮正殿は民国40年代に続々と修復されたもので、戦後の大型工事の一つでもあります。民国42年(西暦1953年)に正殿の工事が始まり、二年後に媽祖殿で重点的に施工し、その後ようやく殿外の三川殿へと拡大しています。当時の工事責任者と施工者は、漳派の名匠陳應彬の系統を受け継ぐ黄亀理であったため、關渡宮の正殿と三川殿には国家級の重要文化遺産が保存されています。

  關渡宮各殿の「神龕」は伝統建築と彫刻芸術の縮図とも言えますが、その木構造から彫刻の技術に至るまで、各殿の「神龕」を通じて伝統木彫芸術の美しさに触れることができます。とくに中央に位置する「鎮殿媽祖神龕」は、民国45年に黄亀理が手掛けたもので、宮殿建築の規格と様式を模して造り、屋根部分は木造建築の「重簷屋根」(二重構造の屋根)を再現し、屋根上の「牌坊」には「鳳凰牡丹」の図柄が彫刻されています。また、「牌坊」の上には福禄寿三仙の人物像が彫られ、「神龕」の頂点から人間界に福を賜っています。軒下の「斗」と「拱」は三層に組まれ、「拱」の造形は福を象徴する象の形をとり、一列に並べられた「花籃」「吊筒」が軒下を飾り付けています。他にも、「神龕」には龍柱と花鳥柱がそれぞれ一対あり、祥龍図の施された「花罩」(天蓋)が見られます。

  一方で「屏堵」の木彫装飾には透かし彫りが施され、透かし彫りの透光性が光と影の視覚効果を織り成し、「神龕」に軽やかな印象をもたせています。「神龕」下方にある「屏堵」は浮彫りの技法を用い、作品構造と安全性に配慮し、「神龕」のずっしりとした重みを演出しています。また、「神龕」の脚部分には獣の頭部のモチーフが見られます。全体的には、上部に軽やかさを求める視覚効果が多用され、下部には重みを出し、彩色と金箔を施すことで、華麗かつ荘厳な「神龕」による極上芸術品が完成しています。