關渡宮正殿には天上聖母―媽祖が祀られています。媽祖の本姓は林、名は黙で、福建莆田湄洲嶼に原籍を置き、宋太祖即位の建隆元年(西暦960年)3月23日に生まれ、雍熙4年(西暦988年)の享年28歳で亡くなっています。千年の時を経て、人々の媽祖に対する呼称は、通玄神女、神姑、娘媽、媽祖婆から「天上聖母」へと変化し、公式には夫人、妃、聖妃、天妃から天后へと最高位の敬称を得ています。また、台湾の民衆の間では、親しみと敬意を込めて「媽祖婆」とも呼ばれます。千年もの間、媽祖の伝説は人々の間で語り継がれ、沿岸地域で全能の神として崇められてきたほか、漁夫や船員、海商、海外に移住した華人等を通じて国内外に信仰が広まっています。


  •   歴代王朝から媽祖に贈られた称号には、南宋高宗の紹興26年(西暦1156年)「霊恵夫人」から清代の咸豊7年(西暦1857年)に至るまで、以下の称号を得ています。「護國庇民、妙靈昭應、宏仁普濟、福佑群生、誠感咸孚、顯神贊順、垂慈篤祜、安瀾利運、澤覃海宇、恬波宣惠、導流衍慶、靖洋錫祉、恩周德溥、衛漕保泰、振武綏疆天后」の62字あり、一般に略称として「天后」もしくは「天上聖母」と呼ばれています。

      正殿すなわち媽祖殿中央には媽祖が祀られ、最も大きな神像となる「鎮殿媽」は、行事の外巡りや他の場所へ出向くことはありません。關渡宮には多くの媽祖の分身が祀られ、創廟した時から祀られている「大媽」やその後、様々な理由から多くの媽祖像が祀られています。そのため、対応する媽祖の名称もそれぞれ異なり、数列順に「二媽」「三媽」から「二十六媽」まで続く場合と、「正」と「副」の関係性から「副大媽」「副二媽」「副四媽」と呼ばれる場合、もしくは媽祖の神通力や慈悲、福慧(福徳と智慧)、恩徳等を表すために「慈安媽」「慈済媽」等の称号を冠する場合があります。